エッセイ

水曜随想  無条件撤去以外ない

 

 2月12日投票の沖縄県宜野湾市長選は、九州各地から若い人たちの応援が目立った。

 それだけに、結果が出せなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。選挙に勝って、米軍基地を撤去させる展望をともに語り合いたかったが、今回は機会を逃がしてしまった。

 しかし、自民党から日本共産党まで「県内移設反対」の一点でつくられた共同は、いまなお強固だ。これからも、「オール沖縄」の共闘を大きく発展させる決意だ。

 市長選の敗北から学んだことも多い。その一つが、背天閤基地問題の解決の展望をもっと鮮明にすることだ。その道筋は、普天間基地の無条件撤去以外にない。選挙の真っただ中、「新たな米軍再編」が突然発表され、市民は「辺野古『移設』か『普天間固定化』か」の脅迫にさらされた。そのいずれも迷路に入り込む議論で、有権者を困惑させ、選挙結果にも影響を与えた。

 「県外移設」論が、沖縄だけにとどまらず、本土の善意の人々にも多いことに驚かされる。これは、徳之島や岩国などでみられたように、日本国民同士が、米軍基地を押し付け合う事態を招く。移設条件をつけると、返還が合意されても移設先がみつからないから返還は実行されない。米軍は涼しい顔して基地を使い続ける。

 那覇軍港が返還合意されたのは1974年。比嘉みずき那覇市議は、その年に生まれたそうだ。返還を求める長い闘争が2世代にわたり続いている。北部訓練場も東村高江に代替地を求めてきて15年にわたって返還は実行されず、高江の座り込み闘争も続いている。 
 
 米軍基地の移転先を、なんでわれわれが見つけてあげなければいけないのか。民自公は、「安保は抑止力。日本は米軍の核で守られている」と叫ぶ。日本には、憲法9条がある。安保も米軍もいらない。この声が、沖縄でも本土でも大きくなった時に、基地は動く。

 総選挙での九州・沖縄2議席奪還、6月の沖縄県議選挙での現有議席の死守、議席増のたたかいはますます重要になってきた。(しんぶん赤旗 2012年2月29日)
 

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