活動報告

平和の根っこ 戦争で家族を失った歴史 語り継ぐ

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一度も会えなかった父 平和遺族会で活動する鈴木八千代さん

 戦争によって一度も父親に会うことができなかった鈴木八千代さん(84)=東京都江東区=は、「遺族の思いを次の世代に残したい」と語ります。遠い地に眠る父と、愚痴一つ言わず働きづめだった母を思い、平和の活動に参加しています。(小林圭子)

 鈴木さんは1941年11月、太平洋戦争の開戦直前に群馬県で生まれました。父は鈴木さんが生まれる前にすでに出征していました。その2年後の43年、父がニューギニアで戦死したという知らせが届きます。28歳でした。

顔さえも知らない

 「村で最初に戦死したのが父で、青年団の方が立派なお墓を作ってくれました。メンタムという軟こうの空き缶に、父の小指の先だけが入ったものが戻ってきたと聞きました」。母は寡黙な人で父のことは一切話さず、周りのおとなから聞いたといいます。写真もなく顔さえ知りません。

 戦後、鈴木さんが小学2年生のとき、母が再婚し東京に引っ越しました。言葉や生活の違いに戸惑い、新しい父親になじめず、苦労しました。

 おとなになり群馬の自宅だった家が取り壊される際、家にあった鏡台を引き取りました。会ったことのない父の姿を想像し、母のおしろいの匂いを思い出す、鈴木さんにとってかけがえのない鏡台です。

 「母は常に働いていて、鏡台で化粧している姿は記憶にありません。父のことを話さなかったのは、生きるのに精いっぱいでそういう思い出を捨てたかったんじゃないのかなと。再婚も一人で家計を支えるのが難しくてだと思います。戦争がなければ、あんな苦労をしなかったのに」

 

 

基地問題は自分事

 数年前の国会中継で、米軍の辺野古新基地建設の埋め立てに沖縄戦の遺骨が混じった土砂を使おうとしていることを知り衝撃を受けました。日本共産党の赤嶺政賢衆院議員が政府に使わないよう迫っていました。「もし自分の父の眠っている土がそんなことに使われたらと思うと、本当に許せなかった」と声を震わせます。

 それ以来、沖縄の基地問題が自分事になりました。「日本を守るわけでもない米軍基地を日本の負担でなぜ作らなければいけないのか。まして、沖縄戦で多くの住民が亡くなったにもかかわらず、沖縄に大半の基地があるのは許せない」

 新基地問題を抱える名護市長選(18日告示、25日投票)が迫ります。基地建設に反対し、基地に依存しない市政を目指す、おながクミコ予定候補の当選を切に願います。「基地がなくても農業や新たな産業を生めば経済は成り立つ。憲法9条があるのだから、攻めることも攻められることもなければ基地は必要ありません」

 鈴木さんは現在、平和を願い戦争に反対する戦没者遺族の会(平和遺族会)で活動しています。

 同会の上田美毎(よしかつ)事務局長も鈴木さん同様、父親を知らずに育ちました。「遺族会にはそういう人がたくさんいます。兵士は侵略戦争の加害者ではありますが、大日本帝国の被害者でもあります。国によって家族が引き裂かれ、家族を失った歴史を語り継いでいく必要があります」

 鈴木さんは、戦争を知る遺族として、自身の経験を次世代につないでいきたいと語ります。

 「平和の政治を実現するためには、裾野でいろんな運動を広げないといけません。それには一人ではできません。自分の命が続く限り、遺族会の人たちと一緒にやっていきたい」(しんぶん赤旗 2026年1月16日)

 

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